kokorobukuro’s diary

Soul Design 心羽さんのすすめで、自分を知る機会として思いを綴るものです。私以外の方にはなーんにも役に立ちません?悪しからず。

ありがとう


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感謝の言葉「ありがとう」

 

今までは、挨拶の延長や直接的・物質的な施しにしか使っていなかった。

 

今日は感謝についてあらためて学んだ。

 

引き寄せにも言われるように、

「〇〇が欲しい、〇〇になりたい。」

と、思えば思うほど、世界は

〇〇が足りない世界を具現化する。

 

いたってシンプルな仕組み。

 

思いが具現化されるならば、

既にそれを達成していることを思えば良い。

 

ただし、無理矢理では難しいだろう。

不足していると思っているのだから。

まだまだ足りないと望んでいるのだから。

 

先ずは今、手にしていることでも良い。

過去に経験したことでも良い。

「感謝」してみよう。

 

今、こうして在ること。

振り替えれば、なんて尊い経験をしているんだろう?

わかるまで、何回も何回も丁寧に繰り返され、

すべて解決出来るように導かれ、

この世の終わりかと思うような出来事も、

実は、自分を知る機会で。

 

何も知らず、何も出来なかった僕は

今、こんなブログを書いている。

 

ありがとう

 

今なら、心から

すべてに感謝出来る。

不安などない。(ほぼ確定)


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「不安などない」

どこかで聞いた言葉

ブログなどでも何度か使った言葉

 

正直、疑心暗鬼ではあったのだけど、

それを信じてみた。

すると、次々と

今まで不安であったと「思っていた」ことが、

不安でないことを確認できた。

 

しかも、以前の僕だったら、

明らかに災難だと感じるであろう事象ですら、

負け惜しみでなく、本心から良い経験と思えるようになった。

 

事象は、

起こるべきして起こるだけ。

喜ばせようとも、嫌われようともしない。

ましてや、困らせようともしていない。

 

なのに人は事象を

自らの価値観に照らして、

良い・悪いの判断・評価をしてしまう。

 

実はそこには、善も悪もないのに。

 

ただ、不安がなく、恐れのない世界は退屈だ。

だから人は、

自分の価値を確かめるために、

勝手に不安を作り出し、退屈をしのぐ。

 

そう、起きた事象はすべて

実は自分が望んだこと。

退屈な日々を刺激的に過ごしたいと

自らが求めていたこと。

 

世に流行っている「引き寄せ」は、

この原理を応用したもの。

 

本心から不安を除き

感謝の気持ちや、学びの気持ちを維持することができれば、

自ずと幸せ(と感じる事象)がおとずれる。

他者に心奪われることなく、

自分に関心をもって。

他人と比較しないで。

幸せは、今、ここにある。

 

世の中は、経験するためにあり、

そして、自分の望んだ通りの事象が現れる。

あっけなく。

昨晩、家の軒先にスズメがうずくまっていた。

台風のせいか、寒さのせいか、

そこから飛ぼうとはしなかった。

 

その時は、そのまま家に入ったのだけど、

思い付いたようにスズメを保護した。

 

少し逃げ回ったけど、家に入れ

シャワーで湯浴みをした。

気持ち良さそうにじっとしていた。

キッチンタオルとドライヤーで乾かして

家にあったバナナを食べさせた。

手に乗りながら逃げることもなかった。

最後に、砂糖湯を少し飲ませた。

 

食べたことのないものばかりだったろう。

 

使い捨てカイロを紙タオルでくるんで、

浴室に箱ごとしまった。

夜中に覗いてみると、カイロの上で丸くなって熟睡していた。

生きてるか心配になってつついて見ると、

寝ぼけたように眼を覚ました。

 

紙タオルを掛けて扉を閉めた。

 

明日は仕事だ。

浴室にいれば、飛んだとしても逃げ出すことはない。

もちろん、飛べるなら逃がしてやっても良い。

ただ、丁度台風が直撃だ。

台風明けに、ベランダに放そう。

もし、怪我とかだったらどうしよう?

しばらくは飼えるかな?

としたら、冬も迎える。

ワンシーズンを過ごせるか?

体はよく見ると、ボロボロだったな。

もう年なのかな?

 

そんなことを考えながら浅い眠りにつく。

 

そして朝、スズメはタヒんでいた。

体を伸ばして横たわっていた。

触れると既に柔らかさはなく、

命は感じられなかった。

 

何ヵ所か糞をしていたけれど、

食べ物が強すぎたのだろうか?

 

余計な手当てだったのか?

 

朝あげるつもりだった砂糖湯を流しに捨てた。

 

悲しみも、後悔もさしてないのだけれど、

他の可能性や正解はあったかな?

 

外は強い雨、台風だ。

 

後でスズメは埋めてあげよう。

たまに、ふっと・・・

時たま、何の根拠もなく、

この世は何をしても良いんだな。

と、感じる。

 

スポーツやっても、

その応援をしても、

パチンコしても、

辛い仕事をしても、

お酒を飲んで騒いでも、

迷惑かけても、

地球の裏側でボランティアしても、

漫画・アニメにハマっても、

政治家を志しても。

 

そんな中で、僕は何でも出来るけど、

何も選択しなくて。

 

とりあえず、雨が降っていたから

これに便乗して窓枠を洗ったんだ。

 

せっかくのお休みだから外でご飯も食べた。

カツ丼と、豚汁に揚げ出し豆腐で500円だって🎵

これから職場に行くつもりだけど、

お買い物前に、珈琲を飲んでる。

 

周りの目線を感じながら、

ちょっとカッコつけた感じでね。

 

僕が望んでいる世界は既にあって、

僕以外の誰かが創っていてくれる。

 

僕は、それらを望むだけ。

雨が降るのも、

夜が訪れるのも全て僕が望んだ事。

 

そして、たぶんこれが幸せ。

 

この幸せを身近な人と共有したいけど、

今、

この時、

この気持ちは僕だけのもの。

 

多くの人たちが生きるこの「世界」も、

今は僕だけのもの。

 

この業(カルマ)のかたまり

不特定の異性と性的欲求を満たしたい。

かつ、今の家族を愛したい。

 

あらゆる労働を排除しながら、簡単に物欲を満たしたい。

併せて、土を耕し自然の営みの中で最低限の糧を手にしたい。

 

贅の限り、この世の糧を食べ尽くしたい。

ただし、ときには一汁一菜、米の一粒を噛みしめて、全てに感謝して体に取り込みたい。

 

時代の最先端を手にして、スピードや優越感を手にいれ他者から注目を浴びたい。

と、思いながら何物とも比較せず、自己満足の中に身を沈めて一日を過ごしたい。

 

カフェやバーのような整った環境の中で、これを評価しながら、他者の目線を感じつつ悦に入った時間を過ごしたい。

でも、明け方の静寂の中で、白湯をすすりながらいる時間が好き。

 

水泳やジョギングで体を鍛え、達成感を得るのが好き。

でも、草刈りや労働での汗と達成感は他に類がない。

 

皆と、たわいもない会話で話を列ねていたい。

ただ独りで、何の情報にも触れず自分の心と向かい合いたい。

 

まだ、自分の生きる目的がわからないんだ。

一時の欲求や、苦労の反復を継続しているだけ。

 

今のサラリー生活は安全だよ。

でも、何か無駄にしている気がする。

せっかく田舎があるので、何かベースをつくって他者に与えたい。

「小屋」とか「自給」とか「ミニマム」

あとは、アウトドア、アクティビティ

 

家と家族の関係についてもまだまだ

いろんな経験をしたい。

 

安心=お金の概念は今だ捨てきれない。

 

やりたいこと。

 

僕は何になりたいのだろう?

 

 

ブログ1周年

「心羽」を切っ掛けにはじめたブログ

他者の眼を気にしつつ、なんかいっぱい書きくだしたね🎵

 

「思いは言葉に。」

 

 

仕事をやめた!!

「仕事」をやめました。

と、言っても退職ではないんですよ

( ̄▽ ̄)ゞ

 

一日のうち、いや、一生のうちに、

「仕事」にささげる時間はどれ程でしょうか?

 

嫌な仕事、人間関係、期日・閉め切り

経済、休めない・・・

 

一昨日くらいにピークが来ました🎵

すごいストレス!

今にも辞めたい、バックレたい!

あれも、これもやらなければ・・・

あっ!あれも!

 

呼吸が浅くなり、体温が上がる。

明らかに焦っている。

やるべき事は分かってるのに、

他の事にてを出して・・・

 

過去にもあった嫌な思い出

その時は、靴がはけなくなって、

時計が時を刻んでいくのを目で追っていただけ。

2回目は、眠れなくなった。

被害者の僕

 

でも、今は違う。

世の中、全て大丈夫。

 

だから決めた。「仕事」はしない!

俺は、自分の意思で「人生」をやる。

人生の内のほとんどが仕事?

 

いえ、僕は僕のための人生を生きているだけ。

人生と言う名の超リアル体験ゲーム

 

そこに「仕事」と言うステージがあるだけ。

仕事がメインではない。

 

だから決めた。「仕事」はやらない。

 

以前とはまた違う、僕の中の時計が動き始めた。