kokorobukuro’s diary

Soul Design 心羽さんのすすめで、自分を知る機会として思いを綴るものです。私以外の方にはなーんにも役に立ちません?悪しからず。

無理をしているのでしょう。

夢が叶わないと思っている。

 

夢は、いつか手にすることが出来る、

努力の上の、遥か未来にあるもの。

それは、手にすることが出来ないかもしれない。

 

報われない。

理不尽

我慢

嫌われたくない。

 

違う。(-д- 三 -д-)

 

今、夢は叶っていて、

不安やいらだっているのは、

自分に嘘をついている・自分の気持ちと違うことを選択しているから。

 

目も前には常に幸せになる選択肢があって、

幸せになるには、遥か未来の何かを選択するのではなく、

今、目前にある小さな選択を繰り返すだけ。

 

そして、「夢」とは幸福感で、

でも、妥協ではなくて、

他者の価値観やお仕着せでもなくて、

そして幸福感は今、簡単に手にすることが出来る。

 

それは自ら、今を選択するだけ。

思考が止まった。


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沢山お酒を飲んだからでしょうか?

暑さのせいでしょうか?

久しぶりの雨のためでしょうか?

それとも、小さなトゲのような後悔があったからでしょうか?

少し面倒な仕事があったからでしょうか?

老いてきたからでしょうか?

「思考が止まって」います。

 

僕は今、間違いなく満たされています。

もしかしたら、

退屈なのでしょうか?

 

沢山の方々が努力しています。

そしてむくわれません。

怒っています。

悲しんでいます。

 

もしかしたら、満たされている事への

「罪悪感」なのかもしれません。

 

そんな暇があったら、感謝しましょう。

心のそこから感謝しましょう。

 

そして、今を味わいつくしましょう。

 

 

 

 

はんすうする。


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「思考は現実化する。」これは真理です。

 

先ず、

俗に言われる「神」の世界は、結果「無」です。

よって、「他」が存在しません。

ゆえに、「我」を知ることが出来ません。

 

そして、俗に言われる「神」は、「我」を知るために、この現世を創造しました。

(七日間で創ったらしい。)

 

ここから、完璧なまでに計算された「現世」の体験が始まりました。

 

生命と言う創造物は本能により行動します。

そこに「苦痛」と「快楽」を与えられて、

「感情」が発生しました。

そして、その感情から「自我」が発生します。

 

自我は学びます。「苦痛」と「快楽」を。

 

そして、完璧なまでに神であった頃の我を忘れ、この現世に没入します。

喜び、悲しみ、感謝します。

 

しかし、一部の人のなかに過去の「我」を知る者が生まれます。

 

それは、仏陀であり、キリストであり、ムハンマドでした。

 

彼らは説きました。「我を信じなさい。君らは今も神であり、神とつながっている。」と。

しかしながら大衆は、「我」を自分自身ととらえず、

「我」と発した、彼らに真理を求めました。

これが宗教です。

 

宗教の教えにより真理に近づく事は出来ます。

ただし、

気付いた者、

近づいた者、

気付かない者は、それぞれに「今」を解釈しながら、

それぞれの正当性を他者に説きます。

そして、集います。

そして、争います。

 

「我」の正義のために。

意見は、交わることはありません。

 

良いのです。そもそも目的は我を知る機会なのですから。

 

そして現在、科学や心理学・哲学はそれぞれの解釈で「真理(オリジン)」に近づきました。

 

そして、ひとつの仮説にたどり着きます。

 

この世は、魂のバーチャル空間として、

いくつかの、制限を持ってこの世に誕生し、

悩み、悲しみ、喜び、死んで行く・・・・

 

何万回、何億回とこれを小分けされた神が体験し、今、その経験が最終段階にあります。

 

そして、この仕組みをいち早く理解した者たちは、この世にはそもそも不安などないことに気づきます。

 

その、理解とは、

「この世は、自らが創造したもの。」であること。

 

これにより、不安を手放し、

自らの想いにのみ感情をゆだねると、

(不安を手放すと、)

そこにはある意味「夢」のように現実がもたらされます。

 

気づき、引き寄せ、エンジェルナンバー等にあるように、 この世は思いのままであることに気づきます。

 

いよいよですね🎵

 

もう、終わりが近づいて来ました。

 

多くの人が、自分自身が実は「神」であった事に気づいてしまったのですから。

 

さて、今日はここまで。

 

 

 

 

夢・・・か。


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つい先日まで「夢」だと思っていたことが、

今はもう達成されている。

今までもそうだったのだろうけど、まるで魔法のようだ。

 

もはや、物欲に類することは「夢」とは言わないのかもしれない。

そうだね、物を手に入れることは「夢」ではないな。

 

それを得て感じる気持ち・感情が「夢」?

手にいれるまでの高揚感・わくわく

達成感なのか、優越感なのか、

総じて幸せと思える価値観・感情が夢なのだろう。

 

人生ってその繰り返し?

 

あれ?

なんだろうこの罪悪感のような感情は?

 

自分の欲求を叶えることを「夢」として満足していたのだけど、

ふりかえると何だか不安に感じるよ。

 

ここだな。

 

人は幸せになるため・あるためにあると言っているにも関わらず、

いざ、幸せを手にいれると罪悪感を感じるんだ。

 

大丈夫だよ。

みんながみんな、幸せでいいんだよ。

物欲を満たして行く事も幸せなんだよ。

 

しんどくなったら感謝しな。

 

本当にありがとうって、みんなに感謝しな。

 

ステキナモノ


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・・・僕以外のすべて

 

大丈夫、大丈夫


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心が穏やかであること。

例えれば、鏡のような水面(みなも)に自分の姿をうつしているように。

 

また、日常の事象に際しても、

無理矢理納得したり我慢するのではなくて

よく咀嚼して飲み込む感じ。

 

大丈夫だと安心してゆだねる感じ。

 

そして、今すでに幸せであると知ること。

目の前には、幸せの泉がこんこんと涌き出て、

天から落ちてくるものは、幸せしかない。

 

最後に、他者の価値観は関係ないと気付く。

それよりも「自分」の心に意識を向ける。

怒りや悲しみも同じ。

他者への感情にとらわれることなく、

自分の価値観に気付くための機会

 

世の中は、良いことも悪いこともある。

 

でも本当は、

「良いと思うこと。」と

「悪いと思うこと。」

自分がそのように解釈しているだけ。

ついている。


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運が良いとか、悪いとか。

 

まるで自分の人生は、

自分以外の何かが気まぐれで運命を決めていると思っている。

 

でも実は、

ツキがある・ついているなどの本当の意味は

「ありのままを受け入れる。」と言うこと。

 

少し補足しておくと、

受け入れるとは、我慢する事ではない。

 

自分の良いと思うもの・感じるもの・わくわくすることに、関心をむける。

すると、

「嫌」と感じることが身の回りに起きなくなる。

すべてが満たされていて、

望むものがもうない・・・

いや、

望みはあるんだけどガツガツしなくて良い。

そんな感じ。

 

それが結果、「ついている。」となる。

 

全てを受け入れる。

ありのままで。

この世は、絶妙なバランスで成り立っている。